Carifac'Arte

Carifac’Arte有限会社は、2018年7月19日に創設されたファブリアーノ・クプラモンタ―ナ貯蓄銀行財団のインストゥルメンタルカンパニーです。
「古き時代の職人工房」を活性化して世に知らせるために創設されたCarifac'Arteは「Le Conce」という複合施設の運営をしており、そこでは、紙製法と成型工程のワークショップを実施している一般開放された製紙工房、2019年10月に開校予定のアートクラフト・インターナショナルスクール、そして2019年12月にオープンする予定でルジェーリ・マンヌッチ・コレクションを内蔵するミュージアムが内設しております。Carifac'Arteは親財団の運営支援を実施することを目的としており、芸術活動や文化遺産の促進及び強化の他にも、音楽コンサート、文学イベント、演劇、出版分野などの多種な活動の企画、制作、広報を担っています。 



資産復興プロジェクト「LE CONCE」

Le Conce」複合施設は、昔から数多くの工場の敷地となっていた歴史的旧市街の一角にあります。そこではかつて、ジャーノ川の水を利用して、革産業が発達していました。 15世紀以来、革鞣し工場はファブリアーノ地域で繁栄し、有名な産業となっていました。現在、Carifac但rteの所在地となっている建物は、高さのある2本の通路でつながった2戸建ての平行並びの建物で構成されており、上層階には、ある種の木製の格子で遮蔽された乾燥室や物干し場がありますが、そこには工場に典型的な開放部が見られ、それらが元々、革鞣し工場であったことを物語っています。1997年に地震が起こったとき、建物は深刻な被害を受け、その後、長期間に亘って建物は放置されたままとなっていました。しかし、その後、ファブリアーノ・クプラモンタ―ナ貯蓄銀行が復興に着手することを決め、イタリア国内の銀行基金の連帯活動から出た資金を今まで活用していた地元の文化協会もそれに参画し、本格的に構造上も機能上も復興が始まりました。それで、建物全体が修復と復興作業の対象となる重要案件となり、1997年には、この古い建物は一般市民が関心を持つ構造体に生まれ変わりました。

ファブリアーノ 紙の都市

工芸と民芸におけるユネスコ創造都市であるファブリアーノは、世界中で紙の都市として知られています。ファブリアーノの紙の生産活動は13世紀後半にさかのぼります。この紙が発明されたのは、この地ではありませんでしたが、ファブリアーノの製紙工房が導入した技術革新(動物ゼラチンによるペーパー糊、複数木槌油圧パイル、「signum」の適用または透かし模様)によって、このマルケ州民に「西洋紙の発祥の地」という称号が与えられようになりました。しかし、この繁栄と発展の時代の後、新方式の可動印刷機により適した紙を製造し始めたフランス、オランダ、イギリスの紙生産業者との競争に競り負け、16世紀の終わりから18世紀にかけて一時的に衰退し、紙生産は逆行的な流れとなりました。このような背景の中、1780年、ピエトロ・ミリアー二(1744-1817)が地元の製紙工場のオーナーであったアントニオ・バッレマー二伯爵と一緒に紙製造会社を設立し、短期間の間に、業界において第一人者の役割を果たすようになりました。彼の死後、ファミリーを代表する最後の偉大なる人物であったジョバンニ・バッティスタ・ミリアー二は、同社を最重要な産業レベルの企業に変えました。その後、同社のオーナー体制は変わりましたが、1300年以来、時間が経過しても今日でも絶え間なく、同社はファブリアーノで紙を生産し続けています。

私たちのマエストロ

Carifac’Arteは4人の有資格熟練職人の卓越した能力と絶対的なプロフェッショナル性に支えられており、彼らはアートクラフト・インターナショナルスクールの主要指導陣として活躍しています。

サンドロ・ティべーリ 
マルケ州認証の紙製造マエストロ。1985年から紙作りの業界に従事し、その後、ファブリアーノのミリアーニ製紙工房で働き、1999年まで働き続けました。イタリア国内においても、海外においても、芸術家そして職人としてキャリアを続けました。彼が作業した場所が、今「スクール工房」とみなされています。

ブルーノ・セバスチャネッリ 

ファブリアーノの老舗であるミリア―ニ製紙工房で41年もの経験を持つ透かしのマエストロ。形成工程と透かし作業における熟練職人で、透かしについては明色法においても明暗法においてもエキスパートです。


ジルバーナ・マリア・デ・シルバ
熟練した仕立て職人。手漉き紙作りと透かしの配置において、研修用キャンパス布の形を整えて縫製する工程を担っています。さらに、手作業の紙加工のすべての工程において、長年の実績を持っています。

マリオ・コッコ
紙作りに必要な木枠の制作において、長年の実績を持っている熟練大工のエキスパート。彼は最後の「モジュール担当者」と言えます。実際、彼は、ファブリアーノにおいてこの特殊技術を備えている唯一の人物です。